大判例

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神戸地方裁判所 昭和23年(ワ)353号 判決

原告 柴田芳子

被告 中村祐二郎

一、主  文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

二、事  実

原告は「被告は原告に対して兵庫縣武庫郡本山村森字東の町八十三番の三地上家屋番号五十四番木造瓦葺二階建居宅一棟建坪十七坪七合五勺二階坪九坪の内階下洋間應接室一室を明渡し、玄関、台所、便所、階下の廊下は共同に使用しなければならない、訴訟費用は被告の負担とする」との判決と、担保を條件とする仮執行の宣言とを求め、

その請求原因として、原告は昭和二十年六月五日神戸市葺合区上筒井三丁目で罹災し、兵庫縣多紀郡八上村五十川万治方離れ二室を借受け、親子二人で住んでいたが、昭和二十一年初には実母が、同年四月には兄夫婦とその子供一人とが、いずれも中華民国青島からひき上げて來て、原告と同居するようになり、兄だけは三井物産株式会社神戸支店に勤務する関係から、神戸市葺合区にある右会社の寮に移り、家族と別居生活を営むことになつた。そのため原告等の不便なことはいうまでもなく、しかも八上村は水質が悪いため、原告と母とは胃腸を害したり、風土病である蛔虫に侵されたりしても附近に良医なく困つていたところへ、前記間借先の五十川がその弟夫婦と共に満洲からひきあげて來て、原告等に立退を求めて來たので、原告等は至急に神戸へ出て病気の治療もし、兄夫婦の別居生活をも解消させたいと思つていた。そこへ請求の趣旨記述の家(この家は当時被告が賃料月五十二円五十銭毎月末翌月分持参拂の約で期限の定なく賃借居住していた)が、すぐ明渡になると聞いたので、昭和二十二年六月十八日これを所有者平井敏子から原告の住居とするため買受け、登記もすませ、被告に対する賃貸人の地位を承継したので、同年七月五日被告に到達した書面で右家屋についての賃貸借解約の申入をした。ところが、同年八月になると、原告はその間借先の五十川から追立てられ、しかたなく現住所である中村方二階二室を一時の約で借受け、ここに移つて不自由な生活を続けるようになつたが、ここも最近中村から立退を求められ、原告としては本件家屋をその住居として使用する必要に迫られている。他方、本件家屋に当時住んでいたのは、被告夫婦とその長男、次男の四人なのであつた。被告は、右の外被告の長女と妻の母との二人を加えて六人住んでいるというが、被告長女幸子は、被告の親族中田某の養女としてその家に住んでいて、本件家屋に住んでいないし、被告の妻の母に至つては、原告が本件家屋の現状変更を防止するために昭和二十三年六月十八日仮処分を執行し、本件家屋についての被告の占有を解き、原告の委任する執行吏の保管に移し、右物件の現状を変更しないことを條件として被告にその使用を許すとの処分がとられた後の同年十月三十一日右現状保全の仮処分命令に違反して本件家屋に轉入居住したにすぎないのであるから、本件家屋の正当な居住者とはいえないものである。しかも、本件家屋は被告の主張する通り、階下に六疊、二疊の各室と六疊相当の板張應接室があり、二階には八疊、四疊半の二室があり、その各室は廊下によつて相通じ各独立の使用ができる構造になつている。これ等の事情を前提として考えれば、少くとも、本件家屋のうち、階下應接室を原告の使用に委ね、階下廊下、玄関、台所、便所を双方の共同使用に供することは、一方原告に対して目下の窮況を脱するため最少限必要な生活場所を與えることとなり、他方被告に対してもその一家四人の住居として相当な場所を残し、以て家主の必要のため借家人がその住居を奪われるということにはならないわけである、しかも、原告が本件家屋を買受ける前、被告方に行つた際、被告の妻は原告に本件家屋を買わせまいとしたためか、「この家は近く阪急電車拡張のため立退になるということだし、空襲で歪んでいて、永く住める見込がない、被告の方も目下それで移轉先を探しているのだ」と告げ、原告はこの言により、被告は近く本件家屋から他に移轉するものと信じて買受ける決意をしたのであつたし、買受後一室だけでも明渡してもらいたいと願つたのに被告はこれさえ拒絶し、その後やむなく原告が申立てた調停においても何等見るべき誠意を示さないで、今日に及んでいるのであるから原告の前記解約申入は少くとも請求の趣旨記述の部分態様においては正当の事由あり、その範囲においては、本件家屋賃貸借契約は適法に解除されているわけであるのに、被告はこれに應じた明渡をしないので、その履行を求めて本訴に及んだと述べた。<立証省略>

被告は主文と同じ判決を求め、

答弁として、原告主張の家屋を被告が原告主張通りの約で賃借居住していたところ、原告はこれを昭和二十二年六月十八日前所有者平井敏子から買受け、登記を終えたこと、同年七月五日原告から被告に対し賃貸借契約解約申入の書面が送達されたことは認めるが、原告がこの家を自ら使用することを必要とするに至つた原告側の事情として述べている事実は知らない。もしそのような事実があるとしても、それは解約の正当事由とならない。元來、被告は昭和十二年頃当時の家主から特に嚴選された借家人として、永く住んでもらいたいと望まれて本件家屋を賃借したものであつて、現に被告夫婦、二男一女、妻の母の六人家族で、階下六疊二疊と板張六疊應接室、二階八疊四疊半の五室ある本件家屋に住んでいるが、決して余裕があるわけではない。殊に被告本人は永らく憂うつ症を病み療養している身であり、また長男祐一は肺結核で病床に臥しているのであつて、原告の求める同居は全く不適当、不可能な状態なのである。

また、原告は被告の長女幸子は本件家屋に居住していないというが同人は近隣の中田忠一(被告の妹の夫)の懇望により手傳いに行くことがあるが、同人の養女となつたこともなく、同家に生活の本拠をおいているわけでもない。被告の妻西村フヨにしても永らく被告方に同居していたのであるが、時には郷里の親族を訪問することもあり、その際本件家屋から轉出手続をしたこともあるが、住所を移したわけではない。たまたま原告主張の仮処分執行当時同人が右のような事情で本件家屋におらなかつたとしても、同人は被告が扶養義務を負つているものなのであるから、被告方に同居するのは当然なところである。

しかも、本件家屋の前所有者平井敏子は自身戰災者であつて本件家屋の明渡を希望していたのであるが。被告の状態から明渡不可能と知つて、これを断念し原告に対し被告が居住することを條件に比較的安價にこれを賣渡したのであり、原告は本件家屋に被告が居住していることを知り、しかもその明渡不能の事実を知りながらこれを買受けたものなのであるから、原告の本訴請求は失当であると述べた。<立証省略>

三、理  由

被告が賃料一月五十二円五十銭毎月末日翌月分持参拂の約で期間の定なく賃借していた原告主張の家屋を、原告が昭和二十二年六月十八日平井敏子から買受け、その登記を終えて被告に対する賃貸人の地位を承継したこと、同年七月五日原告が被告に右賃貸借契約解約の申入をしたことは当事者間に爭がない。そして、証人小川太郎の証言と原告本人尋問の結果とによると、原告は、神戸市内の住居を戰災で失つて以來兵庫縣多紀郡八上村の五十川万治方納屋の一部を借りてその子と二人で住んでいたが(夫は戰死した)中華民国からひきあげて來たその母、兄夫婦一家を迎えて同居し、兄小川太郎だけは勤務先の関係で神戸市にある会社の寮に單身居住していたところ、前記五十川はその長男次男夫婦が満洲からひきあげて來たところから、原告等に立退を求めて來るし、その上原告や母は蛔虫病等におかされ医療の不便に困つていたので、その住居として使用するため、被告の住んでいた本件家屋を前記の通り買受け、被告に明渡または同居を求めたが、急にここに移ることができなかつたので、とりあえず、昭和二十二年九月頃、原告の兄の友人である中村愛雄にたのんでその二階二室を借受けここに移り住んだ。然し、ここも何かと不便であつたので、原告を除く一家は、芦屋市に移轉先を見つけてここに移り住み、原告一人だけ中村方に残り住んでいた(このように原告がその子母、兄等と共に右の芦屋の家に移らず、ひとり残つて別居したのは、原告とその兄の妻とが折合わるいためであつた)ところ、その後原告自身も中村から立退を求められ、終にここにもおられず、最近は、叔母の家や前記兄小川太郎の家等を轉々としていることが認められ、他方証人神田実己、君塚武司、中田忠一の各証言、被告本人尋問の結果と成立に爭のない甲第三号証とを総合すると、被告は十数年前から本件家屋に住んでいるが、他に移轉先とてなく、右家屋の前所有者平井敏子も罹災して住居に困り、被告に本件家屋の明渡を求めたが、その明渡を受けられる見込がなかつたので、これを断念し、原告に賣渡したものであること、被告の家族は、被告夫婦、長女、長男、次男、妻の母親の六人であるが、そのうち長女は近所にいる被告の妹の夫中田忠一の家が夫婦だけで無人であるため、主に同家に泊り食事しており配給も同家で受けていること、また被告の妻の母は以前にも被告方に住んだり、他に出たりしていたが、昭和二十三年十月末被告方に轉入してからは引続き本件家屋に住んでいることが認められる。從つて、原告の主張する本件家屋についての現状不変更仮処分の執行当時は、右被告の義母は本件家屋におらず、その後ここに居住したこととなるが、同人は右のように被告の義母であり、その子は島根縣の方にいるが、その生活は樂でないし、山奥で寒い所なので、被告の下で老後を養うためと被告病気に際し手助のため本件家屋に居住するに至つたものであることは、被告本人尋問の結果で明かであり、このような関係で被告がその義母を本件家屋に住まわせ面倒を見ることは、被告の本件家屋に対する占有状態を変更させたものとはいえないし、原告の勝訴判決の執行を困難ならしめることを防止するためなされた本件家屋の現状変更禁止仮処分に反し、その現状を変更したことともならないのであるから、被告義母の居住を違法視することはできない。けだし、前記仮処分は原告勝訴の判決の執行を確保するためなのであつて、原告勝訴の判決を確保するためになされたものではないのである。

さて、以上に認定した原被告双方の事情と、双方に爭のない本件家屋の廣さ間取(二階八疊、四疊半、階下六疊、二疊、板張六疊、應接室の計五室)とに基いて考えると、原告が住居に困り本件家屋を使用する必要に迫られていることは疑ないところであるから、原告要求のように右應接室をその使用に委ね、台所、便所、玄関、階下廊下を双方の共同使用に委ねることは、原告の窮況を救うため相当であろうし被告等一家もその残存部分を以て生活できないわけではないと認められるので、單に物理的に事を考えれば、原告の解約申入は少くともその主張範囲において正当事由があるとも思われるのであるが、然し、かくて原告が本件家屋の一部明渡を受ければ、当然その後は、原告と被告一家との同居生活が行われることとなるのであるが、この同居生活がはたして双方の生活を破壊することなく円満に継続して営まれるであろうかというに、原告は証人小川太郎の証言、原告本人尋問の結果から認められるように、その兄の妻との間にも不和を生じたり、本訴に関連して被告妻を僞証罪で告発する等、協調性に富む円満な性格者であるとはいえないようであるし、また証人中田忠一の証言、被告本人尋問の結果から認められる如く、被告本人はながらく神経衰弱、不眠症、憂うつ症に惱み入院までして現在とても常態に復したとはいえない状況で、精神的衝激に対する抵抗力が弱いのであるし、被告長男は肺結核で病床に臥し安静な療養が必要とされているのであるが、このような状況の被告一家、(殊に被告妻は原告から僞証罪で告発され檢察官の取調を受けている)と前記のような原告との同居生活は必然的に円満を欠くのみか、双方の不和を激成するに至り、その結果被告ならびにその長男の病状を悪化し、被告一家の生活を破綻の脅威にさらすこととなると思われる。そして、原告はさきに述べように、被告が本件家屋賃借中であることを知りながら、これを自己の住居として使用するため買受けたものなのであるが、このような場合は、借家人をその賃借家屋所有者の移動によつて生じる不利益から保護しようとする借家法の法意に鑑み、單に買受人の側にその家屋を必要とする事情があるだけでは解約の正当事由があるとはいえず、解約の結果借家人の住生活が脅威を受けないですむ事情があるとか、或は特に賃借人に現居を維持させることが正義公平の観念に反すると考えられるような原因が借家人側にある場合でなければ、解約の正当事由があるとはいえないものと解すべきであるが、先に述べたように、本件においては、原告主張の一部解約にしても実質的に被告の生活を脅威することとなるのであり、しかもそれが主として被告側に基因することであつてこれを被告が受忍すべきであると解すべきでないことは、前述したところから明かであるし、その他右基準に照して見て被告が本件家屋の全部または一部を原告に明渡すこともやむを得ないとするような事情は、原告提出の全証拠によつても認められないのである。

すなわち、以上述べたところによれば、原告の被告に対してなした解約申入は結局正当事由がないといわねばならず、本訴請求は失当として棄却するほかなく、訴訟費用について民事訴訟法第八十九條を適用して主文の通り判決する。

(裁判官 石井末一 西川正世 北後陽三)

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